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東京地方裁判所 平成7年(ワ)20582号 判決 1998年1月29日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

山崎素男

被告

全逓信労働者共済生活協同組合

右代表者理事長

亀田弘昭

右訴訟代理人弁護士

金子光邦

右同

江口公一

右同

小池邦吉

被告

財団法人郵政弘済会

右代表者理事

岡田吉宏

右訴訟代理人弁護士

堀田勝二

右同

白井徹

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告全逓信労働者共済生活協同組合は、原告に対し、一五五〇万円及びこれに対する平成七年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告財団法人郵政弘済会は、原告に対し、一一二〇万円及びこれに対する平成七年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告らに対し、火災により所有建物を焼失したので、被告全逓信労働者共済生活協同組合(以下「被告全逓共済生協」という。)につき火災共済契約に基づいて共済金の、被告財団法人郵政弘済会(以下「被告郵政弘済会」という。)につき災害救済契約に基づいて救済金の各請求をしたのに対し、被告らが右火災については原告の故意重過失があるので免責される旨及び被告全逓共済生協が重複保険であり原告が既に上限額を超える給付を受領した旨を主張して争った事案である。

一  争いのない事実等(争いのある事実については文末に証拠を掲げた。その余の事実は争いがない。)

1  原告は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、被告全逓共済生協との間で以下の条件で火災共済契約を締結した(以下「本件共済契約」という。)。

共済期間 平成六年八月一二日から同七年八月一一日まで

共済金額 一五五〇万円

2  原告は、本件建物につき、被告郵政弘済会との間で以下の条件で災害救済契約を締結した(以下「本件救済契約」という。)。

救済期間 平成六年一二月一日から同七年一一月三〇日まで

救済金額 一一二〇万円

3  本件建物は、平成七年一月二七日、火災により全焼した(以下「本件火災」という。)。

4  原告は、被告全逓共済生協に対し同年二月二〇日到達の書面で共済金の、被告郵政弘済会に対し同月三日到達の書面で救済金の各支払を請求した。

5  被告らは、本件共済契約及び本件救済契約に請求書類送達後三〇日以内に共済金あるいは救済金の支払をする旨の約定があるにも関わらず、前項の各書面到達後、三〇日を経過しても共済金あるいは救済金の支払をしない。

6(一)  本件共済契約の約款(風水害等給付金付火災共済事業規約<以下「火災共済事業規約」という。>二二条一項一号)には、加入者の故意または重大な過失によって生じた損害については、共済金を支払わない旨の定めがある(乙一)。

(二)  本件救済契約の約款(災害救済約款一七条)には、罹災の原因が加入者の故意によって生じた場合は救済金を支払わない、加入者の重過失による場合は救済金の全部又は一部を支払わないことがあるとの定めがある(丙一)。

7  原告は、本件火災を原因として、財団法人逓信退職者連盟から災害見舞金として九〇〇万円、東京海上火災保険株式会社から保険金として一五〇〇万円を受領した。

二  争点

1  原告の故意・重過失の有無

(一) 被告らの主張

(1) 原告は本件建物の再調達価額が九〇〇万円程度であったにも関わらず、本件火災当時合計六件総額八六一五万円にのぼる火災保険等に加入していたこと、原告が経営する有限会社恭和商事は多額の債務を負っていたこと、原告は、株式会社タックスの債務の事実上の肩代わりをし多額の債務を負っていたこと、同社のために本件建物に物上保証を負担していたこと、同社は経営状態が悪かったこと、本件火災発生直前に本件建物にいた寺西雄二は、同社の監査役であったこと、火災後も従前と同じ所に居住しており本件建物を賃借する必要がなかったこと、本件火災の発生原因等の事実に照らすと、原告と寺西とは共謀して本件火災を故意に惹起させたことが推認される。

(2) 本件火災は、原告が自ら点火した石油ストーブを本件建物退出時に消火せず、さらに、原告退出後も右建物に残っていた寺西に対し、右ストーブの消火及びその方法等につき何ら指示せず漫然と退出したことにより発生したから、原告には重大な過失がある。

(3) 本件火災時は未だ原告と寺西との間の賃貸借契約の期間が開始される前であるところ、本件建物内にいた寺西は、原告に依頼され、原告に代わって石油ストーブを消火すべき地位にあったのであるから、同人の物入れの開き戸を半開きにしてストーブに近接させ、そのままストーブを放置して退出した行為には重過失があり、右重過失は原告の重過失と同視されるべきである。

(二) 原告の主張

火災共済事業規約二二条、災害救済約款一七条により、被告らがそれぞれ共済金あるいは救済金の支払を拒絶できる損害は、加入者の重過失及び加入者または加入者と同一世帯に属する者の故意により生じた損害に限られているが、本件火災は寺西の重過失によるもので、原告には故意又は重過失は認められないから、右各支払拒絶事由に該らない。

2  重複保険

(一) 被告全逓共済生協

原告は、本件建物につき、左記のとおり保険金額等合計八一六五万円にのぼる保険契約等を締結しており、右合計額は、被告全逓共済生協の支払限度額である本件建物の再取得価額(火災共済事業規約二〇条五項、同細則九条)の金一五五〇万円を超えている。したがって、仮に、本件火災の原因に原告自身の故意又は重過失が認められないとしても、被告全逓共済生協には共済金の支払義務はない。

(1) 財団法人逓信退職者連盟(平成五年一〇月二一日加入)一一七〇万円

(2) 同鳥取市農業協同組合(同年一一月一八日加入) 一五〇〇万円

(3) 同簡易保険加入者協会(同六年三月二五日効力発生) 一二七五万円

(4) 被告全逓共済生協(同年八月一二日効力発生) 一五五〇万円

(5) 東京海上火災保険株式会社(同年一一月一七日契約) 二〇〇〇万円

(6) 被告郵政弘済会(同年一二月一日効力発生) 一一二〇万円

(二) 原告の主張

被告全逓共済生協が支払うべき共済金と重複するのは、法律に基づく他の契約によって支払うこととなる共済金であり、火災共済事業規約二〇条五項にいう重複保険の対象に火災保険契約は含まれない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  事実の経過

争いのない事実、証拠(甲三の1、六、七、一四、乙二ないし七、九、一二、丙二の4、5、三、証人寺西、同竹中彌壽雄、原告)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和三年二月二三日生まれであり、鳥取郵便局を退職後同郵便局本局と福部間の郵便配送請負業に従事している者であるところ、平成五年五月二七日、原告所有の鳥取市松上馬場五〇四番地一所在の建物が火災によって消失し、被告全逓共済生協から二七〇〇万円の共済金、鳥取市農業協同組合から一五〇〇万円の見舞金を受領し、当時負担していた多額の債務の返済に充当した。右共済金及び見舞金の合計額四二〇〇万円は、右消失した建物自体の価額を超えていた。

(二) 本件建物は、昭和四一年五月に建築されたもので、原告が昭和六二年九月四日に前所有者岩垣公祐から購入し、手を入れて居住していたが、本件火災当時の再調達価格は九〇〇万円程度にすぎなかった。にもかかわらず、原告は、本件建物につき左記のとおり平成五年一〇月から平成六年一二月にかけて、保険金額等合計八一六五万円にのぼる保険契約等を締結した。

(1) 財団法人逓信退職者連盟(平成五年一〇月二一日加入) 一一七〇万円

(2) 同鳥取市農業協同組合(同年一一月一八日加入) 一五〇〇万円

(3) 同簡易保険加入者協会(同六年三月二五日効力発生) 一二七五万円

(4) 被告全逓共済生協(同年八月一二日効力発生) 一五五〇万円

(5) 東京海上火災保険株式会社(同年一一月一七日契約) 二〇〇〇万円

(6) 被告郵政弘済会(同年一二月一日効力発生) 一一二〇万円

これらはいずれも保険料(あるいは共済金)掛捨ての保険等であり、年間の保険料等は合計二〇万円にのぼっていた。

(三) 原告が代表者を務める有限会社恭和商事は、国民金融公庫から借入れをしており、極度額五〇〇万円の根抵当権を本件建物及びその敷地(以下「本件土地」という。)に設定しており、更に、原告は、本件土地・建物につき、株式会社タックスの代表者井田一雄からの借入金八〇〇万円を被担保債権として抵当権設定仮登記を経由していたが、平成六年八月一九日に解除を原因として右登記を抹消し、同年九月一九日、タックスを債務者として極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定した。

なお、寺西はタックスの監査役をしていたが、タックスは平成七年夏ころ倒産した。

(四) 原告は、平成六年夏ころまで、母親と共に本件建物に居住していたが、肩書住所地に引っ越し、同年の終わりころ、知人である寺西に対し、当時空き家となっていた本件建物を賃貸することとし、同人との間で、平成七年一月一五日付けにて、賃貸借期間を同年二月一日から三年間、月額賃料五万円とする賃貸借契約を締結した。

(五) 原告と寺西は、同年一月二七日午後三時半ころ、本件建物で待ち合わせをし、先に到着した原告は本件建物一階の和室(以下「本件和室」という。)へ入り、和室内の石油ストーブに点火した。右ストーブは南側壁から約七〇センチメートル離れた位置にあり、上部皿直径七〇センチメートル、高さ九〇センチメートルの丸型の火力の比較的強い石油ストーブであった。

当時、本件建物内には、原告にとっては不要となったソファー、食卓、ステレオ、冷蔵庫、洗濯機、ガステーブル、食器類等があった。

(六) 証人寺西は、本件建物に到着後、原告と二人で台所等の掃除を済ませ、掃除に使った軍手二組とタオル四、五枚をハンガー五本に掛け、本件和室のストーブ南側の壁面の階段下にあたる位置に作り付けられた物入れの約八五センチメートルほどの高さのあるベニヤ板製の開き戸を半開きの状態にして、この戸の上部や、壁に付着している桟に右ハンガーを掛け、右タオル類を干した旨供述している。

原告及び寺西が本件建物を退出後、同日午後五時三〇分ころ、右ストーブから引火し、本件火災が発生した。

(七) 本件火災の出火の原因は、本件火災直後の見分時に寺西がタオルを早く乾かせるようにできるだけストーブの近くに開き戸を開いて近づけた旨説明しており、焼け跡において発見されたハンガー及び開き戸の止め金具と石油ストーブとの位置関係からも右事実が認められること、また、開き戸を寺西が半開きにした約六〇度の開放状態にすると丸型ストーブ下の受け皿に接触して止まり、右ストーブの燃焼確認窓付近との間が約七ないし八センチメートルになること、建物内の本件和室から壁一枚隔てた階段上り口に原告が置いた灯油入りポリ容器が付近の燃焼を急速に拡大させた要因となっていることが認められることに照らして、本件火災の出火原因は、丸型ストーブの輻射熱により、時間の経過とともに階段下の開き戸が加熱され、出火したものと認められる。

(八) 寺西は、本件火災後も従前の住居に居住している。

2  故意について

前記認定の事実によれば、原告は、過去にも火災を経験し、四二〇〇万円という建物価格を上回る保険金等を取得したことがあること、本件火災発生の直前一年間に保険金額等の合計額が本件建物の評価額の約九倍に及ぶ保険契約等を締結していること、自己が代表者をしている会社が負債を抱えており、本件建物をその担保としていたこと、寺西が監査役をしていたタックスと密接な関係があり、同社のために本件建物を物上保証に供していたこと、タックスは本件火災当時経営状況が悪化していたこと、本件建物は原告にとっては居住の必要がなくなった建物であり同建物内には家具、冷蔵庫、洗濯機、ステレオ、食器等が残置してあったこと、前記認定の本件火災の態様、本件和室から壁一枚隔てた階段上り口に灯油入りポリ容器が置かれていたこと、寺西がタオルを急いで乾かす理由が明かでないこと、寺西はその証言によっても前記のごとくストーブのすぐ近くでタオルを乾かし極めて発火のしやすい状況を作出しながら、間もなく本件建物を退出していること、寺西は必ずしも本件建物を賃借する必要が強かったともいえないことが認められ、以上によれば、原告と寺西とは、共謀の上、故意に本件建物を火災に至らしめたものと認めるのが相当である。

原告及び証人寺西は故意を否定する旨の供述をする(甲六、七、一四を含む。)が、原告は、タックスとの関係については全く口を閉ざし本件建物に設定されたタックスを債務者とする根抵当権についても知らないと述べながら、右根抵当権の被担保債権を本件建物の敷地を売却して返済したこと(乙三、原告)、本件火災直後の被告郵政弘済会の調査時には寺西と知り合った経緯を近所に住んでいた関係としながら、本件訴訟ではタックスの代表者井田一雄の紹介であるとしていること、また、本件建物に居住していた時期についても本件火災直後の同人の手紙(丙三)では平成六年一二月二一日までとしながら、本件訴訟では平成六年夏ころまでと供述していること、本件建物には母親と居住しており家具や食器等を残置していたにもかかわらず、本件建物の鍵は一組しかなくそれを寺西に渡していた旨供述していること、ストーブは和室にあったにもかかわらず原告は掃除が終わった後暖房設備もない応接間にいたと供述していることが認められる。また、寺西は、その証言によっても、本件火災当日は新年宴会の予定があって本件建物に長居はできなかったはずであるのに、急いで乾かす必要もないはずの軍手やタオルを、一見して火力が強く燃えやすいものを近づけることが危険であることが明らかなストーブに近づけて軍手やタオルを乾かそうとしたと供述しており、実際にはベニヤ製の開き戸が右ストーブに近づけられていることが認められること(前記認定)、また同人の証言によると本件建物内の家具をどうするかが当日寺西及び原告がもっとも気にするべき点であり、それによって掃除のし方も変わってくると思われるのにその打ち合わせをしたのは掃除が終わって軍手とタオルを干し終わってからである旨供述しているなど、原告及び寺西の供述は、不自然な点が多く、また、前記認定の事実に照らしても採用することができない。

二  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく本訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官脇博人)

別紙<省略>

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